清助のちょっと一言−活動日誌

【17.08.04】「違う意見=敵」と思ってしまう日本人には、議論をする技術が必要だ

見出しの記事がハフポストに掲載されていて「う〜ん なるほどな」と共感した。
投稿者は雨宮紫苑。
投稿の後段に、「日本人が学ぶべきは 正解へいたるプロセス」とあった。
・・・以下、原文から・・・「どうすれば日本で、議論を通じて「より正しい答え」を構築することができるのだろう。「より正しい答え」を導くには、数学と同じように「正解にいたるプロセス」がある。
日本は特にこういった技術的なことを習わないから、議論ができないのだと思う。
まずしなくてはいけないのは、議論の目的を共通認識として持つことだ。
全員が「意見を出し合って対話することが目的」と理解することによって、はじめて議論が成り立つ
論破や勝ち負けが目的ではなく意見を通じた対話こそが大事なのだ、と考えれば、関係のない人格攻撃や揚げ足取り、雄弁がいかに無駄で邪魔かわかるはずだ。
目的の共有あとは、事実とテーマの本質の共有が必要になる。
・・・ここで具体的事例に、国公立大学授業料を無料にすべきか」についてとりあげている。
無料にすべき、すべきではない、という真っ向から対立した意見をぶつけ合ってても、より正しい正解は見えてこない。
同じ土俵で話あうためには、客観的事実を基礎知識として共有していないといけない。
どこに議論の本質があるのかを理解することも必要不可欠だ。
最初にどこにスポットライトを当てるのかを決めておかなければ収拾がつかなくなる。
日本の議論ではこうした、整理されたプロセスがないから、感情論に流されてしまうのだろう。
議論が大事で、どちらが100%正解かを決めるのではなく、正解がないテーマに対して多くの知恵を持ち寄って、より正しい正解を模索することだ。
まともに議論する人が増えれば、日本はもっと意見を言いやすくなり、多様性が認められるようになるのではないだろうか。・・・と結んでいます。

う〜ん、では、下水道使用料値上げの議論はどうやって「より正しい答え」を導き出すか?

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