清助のちょっと一言−活動日誌

【19.01.18】民意とはいったい何なのか

本土の新聞にも「辺野古米軍基地建設・埋め立て土砂投入」の記事が報道されているが、いったいどれだけの人が沖縄の歴史を知っているのだろうか、寄り添うことができているのだろうか、そういう私自身がどこまで知っているのか…「沖縄にも行ったことも、辺野古も見たこともないのに」と言われればそれまで・・・自問自答することが少なくありません。
1月18日付け毎日新聞「オピニオン・記者の目」に同社・西部報道部記者の佐野格記者が書いている記事が鋭い。
戦前戦後、沖縄が歩んできた苦難の歴史をどれだけ私は知っているのだろうか。
一般的な、「あの戦争で沖縄県民の4人に一人が犠牲になった」と言うことはできてもその痛みの実感は、ほとんど沖縄県民の想いとは同じレベルにはなりえないだろう。
文字ずら、言葉ずらでは感じえないものがそこにある。
なぜ、沖縄県民が知事を先頭に「反対」の声と行動を上げ続けているのか、をまず考えてみるべきだ、と記者は語る。
敗戦後も沖縄は戦後27年間、米軍統治下におかれてきた、さらに1972年に「本土復帰」を果たした後も日本国内にある米軍専用施設の70%と言う過重負担を背負わされてきた。
本土防衛のための「捨て石」とされた沖縄戦で住民が戦火にまきこまれた。
戦後は、銃剣とブルドーザーで土地を奪われ、役場も学校もあったところに「普天間基地」画作られた。
そうした苦難の歴史の延長線上にまた「辺野古新基地建設」があるからこそ、これ以上の負担を次世代に残したくないと抗い続けているのだ、と記者は言う。
国と地方は対等であるはずなのに地方自治。民意を破壊する国のやり方に怒り、抗うのは至極当然だと言えよう。
「沖縄を囲んでいる海は誰のものですか。この空とこの土地は誰のものですか」と昨年8月那覇市開かれ県民大会で大学院生・玉城愛さんの言葉。
この問いかけにどうこたえるのか。
私たち本土の人間は無関心であってはならない。・・・と結んでいる。
明日、1月19日、四日市市民塾講座「憲法カフェ・沖縄」が開催される。

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